熱海温泉のリゾートホテル「あたみ百万石」
窓いっぱいのオーシャンビュー
エレガントな雰囲気が漂うスペースには、こころとからだのケアを考えた、さまざまな設備が整えられています。
83平米〜166平米の大きなお部屋でごゆっくり
« 2007年02月 | メイン | 2007年04月 »
窓いっぱいのオーシャンビュー
エレガントな雰囲気が漂うスペースには、こころとからだのケアを考えた、さまざまな設備が整えられています。
83平米〜166平米の大きなお部屋でごゆっくり
カタクリの自生地は市街地近くにありながら、市内で唯一の群落が確認され、市では昭和59年から、民間の山林を借り上げて保全を図ってきた。昨年、自生地の隣接地に資材置き場を造成する計画が持ち上がり、地元住民から隣接地を市で購入して開発の影響から自生地を守るよう要望が出されていた。市によると、地権者との買収合意はできているという。
牛沢のカタクリの自生地は「21世紀に残したい埼玉の自然100選」や「入間市景観50選」に選ばれている。カタクリは県レッドデータブックで絶滅危惧(きぐ)II類に指定されている希少植物。
(2007/02/27 04:37)
思いつくまま-足助から-: 香嵐渓カタクリの花開花情報
香嵐渓カタクリの花開花情報. 足助観光協会サイトには、3月9日撮影のカタクリの花の写真が掲載されていますよ。 ... カタクリの花咲き始め http://asuke.air-nifty.com
デジタル歳時記 フクジュソウ(福寿草)
JanJan
フクジュソウは晩秋に芽を出し、ふつう3月に梅が終わる頃から4月にかけて花をつけます。今年は2月中ごろには開花を見ました。種子が発芽して生長し花を咲かせるまでに5年もかかるといわれます。旧暦の正月のころに開花するので、縁起の良い花として喜ばれ、福寿草の ...
このトピックに関する記事をすべて表示する
啓翁桜見ごろ 菜の花と競演 玉名市天水町
西日本新聞
玉名市天水町小天で、ソメイヨシノより一足早く開花する啓翁桜(けいおうざくら)が8分咲きとなった。淡いピンク色の花は、黄色の菜の花とともに、春を鮮やかに彩り、人々の目を楽しませている。同市天水総合支所によると、啓翁桜は「彼岸桜」と「支那桜桃(しなおう ...
このトピックに関する記事をすべて表示する
1週間早くサクラ開花 竹田市
西日本新聞
竹田市竹田町の市営ふれあい駐車場内のソメイヨシノ(樹齢約20年)が10日、かれんなピンクの花を咲かせ始めた。同所のサクラは、市内の開花の目安とされており、暖冬の影響で開花は昨年よりも1週間早い。同市久住町の山あいではこの春、ウメ、モモ、サクラの花を ...
このトピックに関する記事をすべて表示する
京で桜の開花宣言 近畿トップ 平年より6日早く
京都新聞
京都地方気象台(京都市中京区)は25日、近畿のトップを切って桜の開花を宣言した。満開は1週間後の見込み。平年より6日早く、昨年より2日早い。この日の最高気温は17・7度(平年14・5度)。気象台敷地内の標準木には、暖かさに誘われるように、淡いピンクの ...
このトピックに関する記事をすべて表示する
花見山 近日らんまん 開花来月1日ごろ 福島
河北新報 (会員登録)
全国区の花見の名所となった福島市の花見山の桜がもうすぐ見ごろを迎える。今年は例年より1週間早い4月1日ごろからヒガンザクラなどが開花する見込みで、同月中旬まで花見が楽しめそうだ。気象庁が発表した福島市の桜(ソメイヨシノ)の開花予想日は4月3日だが、 ...
このトピックに関する記事をすべて表示する
高知地方気象台がサクラの開花発表
高知放送
午後三時。高知地方気象台の担当者が標本木の花の数を確認。6輪の花が咲いていることが確認できたため、開花が宣言された。3月23日の開花は平年と同じで去年より 8日遅い。今年は暖冬だったものの、花が開くのに必要な寒さがなかったため、平年並みの開花となった。 ...
このトピックに関する記事をすべて表示する
いのくち椿館、珍しい椿開花
北日本放送
今月下旬に恒例の「椿まつり」を控えている南砺市の旧井口村では外国の原種など珍しい椿が開花の時期を迎えています。漢字で木偏に春と書く「椿」は、その字のごとく春の花です。南砺市の旧井口村宮後にある「いのくち椿館」では、およそ90種類の椿の原種を見ることが ...
このトピックに関する記事をすべて表示する
入場門に開花状況が表示されていましたが、5分咲とのことでした。
せっかく来たのだからと入場しました、以前きたときはタイミングがよく満開でした。
見ごろはこのまま暖かい日が続けば来週の29日頃になると思われます。
桜の開花状況は24時間自動音声応答にて知ることができます。
TEL 03−3941−2240
六義園の名の由来は、中国の『詩経』に分類されている詩の分類法を和歌に適用させた紀貫之の『古今和歌集』の序文にかかれている「六義」(むくさ)に因む。
当初は、六義園と書いて「むくさのその」とも呼ばれていた。柳沢吉保は、この『古今和歌集』に出てくる和歌を庭園で再現しようとしたものであった。
この庭園は、完成当時は、小石川後楽園と並び二大庭園と称された。しかしその後、代々柳沢家の別荘として使用される程度で徐々に荒廃していたが、明治期に岩崎弥太郎(三菱の創業者)が購入、1938年に後に東京市(現:東京都)に寄贈され、一般にも公開されるようになった。
殊に、ツツジの花は有名で、駒込=ツツジの花の街というほどの、象徴的な存在となった。
東京都公園協会六義園のHP
歴史
1695年- 柳沢吉保が綱吉より、当地を賜る。
1702年 - 庭園と下屋敷が完成。
1888年 - 岩崎弥太郎が、購入。
1938年 - 東京市に寄贈される。
1953年 - 名勝に指定される。
見所
心泉亭(集会所)、宜春亭(茶室)、シダレザクラ、妹山・背山、藤代峠、池、ツツジの、ツツジ茶屋
入園料
一般及び中学生 300円(但し、都内在住の中学生は無料)
65歳以上 150円
中学生未満は、無料。
その他、各種割引・減免制度・年間パスポートなどあり。 (いずれも、2005年7月 現在)
お問い合わせ先:03−3941−2222
アクセスなど
JR山手線または地下鉄(東京メトロ)南北線の駒込駅より徒歩7分
都営地下鉄三田線の千石駅より徒歩10分
開園時間:午前9時〜午後5時(時期により延長することがある)
駐車場は、なし。
MapFan地図
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カタクリ清水山(しみずやま)憩いの森
昭和49年6月、区民の方から、白子川流域の斜面林に当時多摩地方で保護がさけばれていたカタクリが自生しているという情報が練馬区に寄せられ、翌年3月にカタクリがたくさん残っていることが確認されました。
この貴重な自然を永く保存するため、この樹林は昭和51年に「清水山憩いの森」として整備され、その後練馬区で管理しています。
清水山憩いの森にはカタクリが約30万株あると推定されています。
アクセス
練馬区大泉町1−6
西武池袋線石神井公園駅(北口)〜東武東上線成増駅(南口)行きで土支田二丁目バス停下車徒歩3分。
今回は早春の雑木林を彩る可憐なカタクリの花を保全区域の中に入って観察していただきます。
また、特別講座では早春の雑木林を彩る「カタクリと春の植物」と「カタクリと四季の花」を解説します。ぜひご参加ください。
1.平成19年3月24日(土)・25日(日)
10時〜15時(随時受付)※雨天中止
2.問い合わせ先 桜ヶ丘公園管理所(多摩市連光寺5−15)
電話:042−375−1240
3.内容
(1)カタクリ観察会 ※雨天中止
カタクリ保護区で保護育成しているカタクリの花を観察し、管理の大切さを知っていただくとともに保護育成の成果を見ていただきます。
日時:3月25日(土)・26日(日) 10時〜15時
場所:長沼公園内
参加費用:50円(保険料・任意)
案内:長沼・平山城址公園雑木林ボランティア
集合場所:長沼公園駐車場
交通:京王線「長沼」下車徒歩10分
参加方法:当日自由参加(10時〜15時まで随時受付)ですので、歩きやすい靴と服装でご参加ください。
長沼公園〜カタクリの観察会と特別講座〜
建設局(財)東京都公園協会
これから暖かくなるとバイクのツーリングもいいものです。
渋滞にも引っかからず、目的地に到着することができるバイク
あなたも、いかがですか、レッツゴー
ETC付きレンタルバイク!【TSレンタルバイク】
50ccからハーレーまで、様々な車輌を手軽にレンタル可能です!
貸出時間も2時間から数日までと、用途に合わせて幅広くご利用可能!
24時間オンライン予約可能だから、手続きもカンタンに済ませられます。
一度借りたらヤミツキになる、新しいバイクスタイルはいかが?
そのため、柏市逆井にあるカタクリの生息地では金網で入れないようにして保存しています。ここまでされると金網越しでは撮影も出来ませんので諦めて帰宅しました。
昔はこの鱗茎から抽出したデンプンを片栗粉として調理に用いていたが、近年は片栗粉というとほぼジャガイモから抽出したデンプン粉のことを指しています。
都内でカタクリを鑑賞して楽しみましょう。
国分寺駅前にある殿ヶ谷戸庭園は、連続した段丘が生む地形「国分寺崖線」を利用した回遊式林泉庭園で、起伏に富んだ地形を生かして、台地上に洋風の芝生庭園を配し、斜面の雑木林や竹林が和風庭園の風情を醸し出すなど、洋と和の美が融合した庭園となっています。
この庭園で、春を告げる可憐な花であるカタクリが、春先に紫から桃色の花を一斉に咲かせます。近年では乱獲や盗掘、土地開発などによる生育地の減少によって観る機会が少なくなっております。
殿ヶ谷戸庭園では、身近な場所でけなげに咲くこの珍しいカタクリをご覧いただけます。期間中には、園の職員と一緒に「藁ぼっちの一輪挿しづくり」などを楽しんでいただけます。
ぜひ、皆様お誘いあわせの上、ご来園ください。
平成19年3月17日(土)〜3月25日(日)
9時〜17時(入園は16時30分まで)
2.場所 殿ヶ谷戸庭園(国分寺市南町2−16)
電話:042−324−7991
交通:JR中央線・西武国分寺線・西武多摩湖線「国分寺」下車 南口から徒歩2分
殿ヶ谷戸庭園 早春の殿ヶ谷戸とカタクリを楽しむ
建設局 (財)東京都公園協会 より引用
最近は近場でどこかいいとこないですか、と質問されることが多いです。
そこで日帰り向きのドライブコースを紹介したいと思います。
山野草で一番の人気は「かたくりの花」ですね。カタクリの花は植えてから7年以上経たないと咲かないそうです。それだけに群生しているところはピンクのじゅうたんのようで綺麗です。
かたくりの花のスポットとして有名なのが、東北自動車道佐野インターから10分位でいける、みかも山万葉自然公園 かたくりの里があります。

かたくり山公園の民家と梅
この写真の栃木県那珂川町(旧小川町)ふるさとの森公園の梅の花はまだまだですが、同じ町内には、可憐な花を咲かせる「かたくり山公園」も近くにあり、水芭蕉、ショウジョウバカマ、ザゼンソウなどを見ることができます。一度はいってみたいところです。
東北自動車道氏家I.Cから国道293号で約80分のドライブです。
キブシという名前は、昔、女性が歯を染めるのに、多量にタンニンを含むこの木の果実を乾燥させて粉にし、ヌルデ五倍子(ふし)の代用にしたためといわれています。一方、関東地方ではキフジ(黄藤)という名前で呼ばれることも多いそうで、これは、枝から垂れ下がった花穂がフジを連想させるためでしょう。
キブシはキブシ科キブシ属の落葉低木で、雌雄異株、つまりオスの木とメスの木があるが、なかには両性花もあるようです。花は小さくあまり目立たないため派手ではないが、春一番に花を咲かせ、茶花としても利用される。
山野だけではなく、都市近郊の自然林やヤブにも自生しています。この写真は都立向島百花園で撮影しました。
こらちをクリックすると拡大します。

こらちをクリックすると拡大します。

こらちをクリックすると拡大します。

こらちをクリックすると拡大します。

ミツマタ(三椏、学名:Edgeworthia chrysantha)は、ジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木。中国中南部、ヒマラヤ地方原産。皮は和紙の原料として用いられる。
ミツマタは、その枝が必ず三叉、すなわち三つに分岐する特徴があるため、この名があり、三枝、三又とも書く。中国語では、「結香」(ジエシアン)と称している。
春の訪れを、待ちかねたように咲く花の一つがミツマタである。春を告げるように一足先に、淡い黄色の花を一斉に開くので、サキサクと万葉歌人はよんだ(またはサキクサ:三枝[さいぐさ、さえぐさ]という姓の語源とされる)。
園芸種では、オレンジ色から朱色の花を付けるものもあり、赤花三椏(あかばなみつまた)と称する。
ミツマタの花をご覧になりたい方は、大河原ハーブ園に何株か植えられています、春の暖かな陽気にちょっと散歩がてら見学は無料ですのでどうぞ行かれるといいと思います。
こらちをクリックすると拡大します。

こらちをクリックすると拡大します。

平安時代の貴族たちに詠草料紙として愛用された斐紙(美紙ともいう)の原料であるガンピも、ミツマタと同じジンチョウゲ科に属する。古い時代には、植物の明確な識別が曖昧で混同することも多かったために、ガンピもミツマタを原料としたものも、斐紙と総称されて、近世まで文献に紙の原料としてのミツマタという名がなかった。後に植物の知識も増え、製紙技術の高度化により、ガンピとミツマタを識別するようになったとも考えられる。
「みつまた」が紙の原料として表れる最初の文献は、徳川家康がまだ将軍になる前の慶長3年(1598年)に、伊豆修善寺の製紙工の文左右衛門にミツマタの使用を許可した黒印状(諸大名の発行する公文書)である(当時は公用の紙を漉くための原料植物の伐採は、特定の許可を得たもの以外は禁じていた)。
「豆州にては 鳥子草、かんひ みつまたは 何方に候とも 修善寺文左右衛門 より外には切るべからず」
とある。「かんひ」は、ガンピのことで、鳥子草が何であるかは不明であるが、ミツマタの使用が許可されている。
天保7年(1836年)稿の大蔵永常『紙漉必要』には、ミツマタについて「常陸、駿河、甲斐の辺りにて専ら作りて漉き出せり」とある。武蔵の中野島付近で漉いた和唐紙は、このミツマタが主原料であった。佐藤信淵の『草木六部畊種法』には、
「三又木の皮は 性の弱きものなるを以て 其の紙の下品(品質が最低の意)なるを なんともすること無し」
として、コウゾと混合して用いることを勧めている。
明治になって、政府はガンピを使い紙幣を作る事を試みたが、ガンピの栽培が困難で有るため、栽培が容易なミツマタを原料として研究し、明治12年(1879年)、大蔵省印刷局(現国立印刷局)抄紙部で苛性ソーダ煮熟法を活用することで、日本の紙幣に使用されるようになっている。それ以来今日まで、ミツマタを原料とした日本の紙幣は、その優秀性を世界に誇っている。
手漉き和紙業界でも、野生だけで供給量の限定されたガンピの代用原料として栽培し、現代の手漉き和紙では、コウゾに次ぐ主要な原料となっている。現代の手漉き鳥の子和紙ふすま紙は、ミツマタを主原料としている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ユリ科ムスカリ属ムスカリとは、ユリ科(分類体系によりヒアシンス科)ムスカリ属 (Muscari)の植物の総称。または狭義には学名M. neglectumをムスカリという。
ムスカリ属は地中海沿岸が分布の中心で50〜60種ある。
こらちをクリックすると拡大します。

こらちをクリックすると拡大します。

園芸植物
ムスカリ属の一部は園芸植物としてよく栽培される。
一般的には球根植物で開花期は春。花は一見するとブドウの実のように見える。
このことからブドウヒアシンスということがある。花弁はあまり開かない。
球根は数年くらい植えたままでも差し障りない。病虫害もあまりなく栽培しやすい植物である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ムスカリは個人のお庭にも最近多く見受けられますし、新宿御苑、神代植物園、足立区都市農業公園など多くの公園には必ず植えられています。
セツブンソウキンポウゲ科セツブンソウ属セツブンソウ(節分草)は、キンポウゲ科セツブンソウ属の多年草。関東地方以西に分布し、石灰岩地域に多く見られる。
高さ10cmほど。花期は2〜3月で直径2cmの白い花を咲かせる。花弁に見えるのは萼片である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
こらちをクリックすると拡大します。

関東最大のセツブンソウ群落地が秩父の小鹿野町(旧両神村)にあります。
両神小森の堂上地区の節分草園で、セツブンソウの白くかれんな花が満開を迎えている。
セツブンソウはキンポウゲ科の球根植物。温暖な地方では節分のころに咲くが、寒さが厳しい秩父地方では一カ月ほど遅れて見ごろを迎える。
見頃は、3月上旬です。
交通
○西武線西武秩父駅または秩父鉄道三峰口駅より町営バス利用小森下車徒歩20分
※土・日は西武秩父駅から直通臨時バス有り
○関越花園ICから国道140号国道299号県道37号県道367号利用で約70分
○雁坂トンネルから国道140号県道37号県道367号利用
こらちをクリックすると拡大します。


学名 Equisetum arvense
英名 Field Horsetail (Common Horsetail)
春、「土筆(つくし)」と呼ばれる胞子茎(または胞子穂、胞子体)を出し、胞子を放出する。薄茶色で、「袴(はかま)」と呼ばれる茶色で輪状の葉が茎を取り巻いている。丈は10-15cm程度。
季語は「春」。
語源
つくし
スギナにくっついて出てくる事から、「付く子」、袴の所でついでいる様に見える事から、「継く子」となった説が有力である。「つくしんぼ」「つくしんぼう」とも。
「土筆」
土から出てきた胞子茎は、伸びきる前は先端まで「袴」に覆われており、その形状が「筆」に似ていることから「土筆」という字を当てられるようになったものと考えられる。
「Equisetum」
学名「Equisetum」の「equus」は「馬」、「seta」は動植物の「剛毛」の意味である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オキナグサのタネこらちをクリックすると拡大します。

こらちをクリックすると拡大します。

雛飾り雛祭り(ひなまつり)は女の子のすこやかな成長を祈る年中行事。「ひいなあそび」ともいう。
日本では和暦(太陰太陽暦)の3月の節句(上巳)である3月3日(現在の4月頃)に行われていたが、明治6年(1873年)1月1日の改暦以後はグレゴリオ暦(新暦)の3月3日行なうのが一般的である。しかし一部では引き続き旧暦3月3日に祝われる。旧暦では桃の花が咲く季節になるため桃の節句となった。
男雛と女雛を中心とする人形を飾り、桃の花を飾って、白酒などの飲食を楽しむ節句祭り。関東雛と京雛では男雛と女雛の並ぶ位置は逆。本来「内裏雛」とは雛人形の男雛と女雛の一対を指すが、男雛を「お内裏様」、女雛を「お雛様」と呼ぶ誤りは一般化している。三人官女以下のその他大勢の随臣、従者人形を「共揃い」という。
これが江戸時代に女の子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」と結びつき、全国に広まり、飾られるようになった。この「雛あそび」が「雛祭り」へと変わったのは天正年間以降のことであり、この時代から三月の節句の祓に雛祭りを行うようになったと推測されている。もっとも、この時代には飾り物としての古の形式と、一生の災厄をこの人形に身代りさせるという祭礼的意味あいが強くなり、武家子女など身分の高い女性の嫁入り道具の重要な家財のひとつに数えられていた。その為、自然と華美になり、贅沢に流れるようになっていった。
江戸時代初期は形代の名残を残す立った形の立ち雛や、坐った形の「坐り雛」(寛永雛)が作られていたが、これらは男女一対の内裏雛を飾るだけの物であった。その後時代が下ると人形は精巧さを増し、十二単の装束を着せた「元禄雛」、大型の「享保雛」などが作られたが、これらは金箔張りの屏風の前に内裏の人形を並べた豪勢なものだった。この享保年間、人々の消費を規制するため一時的に大型の雛人形が当時の幕府によって規制されたが、この規制を逆手にとって、「芥子雛」とよばれる数センチの大きさの精巧を極めた雛人形が流行することになる。江戸時代後期には「有職雛」とよばれる宮中の雅びな衣装を正確に再現したものがあらわれ、さらに今日の雛人形につながる「古今雛」が現れた。この後、江戸末期から明治にかけて雛飾りは二人だけの内裏人形から、嫁入り道具や台所の再現、内裏人形につき従う従者人形たちや小道具、御殿や檀飾りなど急速にセットが増え、スケールも大きくなってゆく。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』